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広島高等裁判所 昭和36年(ラ)49号 決定 1961年10月18日

抗告人(申立人) 隅田進

相手方(被申立人) 広島平和記念都市建設事業東部復興土地区画整理事業施行者 広島市長

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙記載の通りである。

よつて考えるに、土地区画整理法に基いて仮換地の指定がなされた場合には従前の土地の所有者その他の権利者は仮換地について使用収益権を取得すると同時に従前の土地について有していた使用収益権を喪失するのであるから、所有者等が従前の土地の上に有していた建物等は本来何等の行政処分をも俟たず所有者等においてこれを収去すべきものであるが、同法は所有者等において任意にこれを収去しない場合には区画整理事業遂行のため施行者において建物等の移転又は除却を直接施行することを認め、たゞ此の場合においても手続上所有者等に対しては相当の期間をおいて施行する旨を通知すると共に自ら移転又は除却する意思の有無を照会することを要求しているのである。

ところで、本件においては抗告人は右の直接施行通知処分の違法を主張するものであるが、その理由とするところは基本となる仮換地指定処分に瑕疵ありというのではなく、また直接施行通知処分が全体として違法であるというのでもなく、単に直接施行の内容として相手方が建物の除却を選ばずその移転を選んだことを攻撃するものにほかならない。しかしながら、所有者等において自ら移転又は除却をしないため施行者が適法な手続を践んで直接施行をなす以上移転によるか除却によるかということは一応施行者の合目的的な裁量に委ねられていると解すべきである。尤も、移転によるか除却によるかの問題は、たとえいずれの場合にもそれに応ずる損失補償が予定せられでいるとはいえ、なお所有者等の権利に直接の影響を及ぼすことを否定できないから、不必要に所有者等の権利を害するような選択をすることは許すべからざるものであつて、例えば建物の移転について物理的に又は社会的経済的に何等の困難な事情もないのに所有者等の意に反して除却を選ぶようなことは違法たるを免れまい。しかし、これと反対に除却を選ばず移転を選ぶ場合には、換地処分が従前の土地についての既存の権利関係をそのまま換地の上に移しかえる効果を目的とする処分でありその過渡的措置ともいうべき仮換地指定処分もこれに準じて考えるべきものである以上、従前の使用収益関係に変更を生ぜしめることのすくない移転は、それが不能もしくは著しく困難でない限り、一般的に除却より一層処分の目的に合するものであり且つ通常これによつて所有者等の権利を害する虞れもないから、これを違法視し得る場合は少ない。ただ、利害関係人の全部が除却を希望するような場合には、これを無視して移転をなす必要は考えられないから、もし移転を選んだとすればこれを違法と解する余地があるが、単に建物の所有者が除却を望むのみで占有者その他の利害関係人がこれを欲しない場合には、前記の如き仮換地指定処分本来の趣旨に照して、寧ろ移転を選ぶことが相当というべきである。

本件についてこれをみるに、抗告人は本件建物につき移転を欲せず除却を望んでいたが、本件建物が広瀬信夫の占有下にあつたため抗告人自ら除却することができず遷延する中本件直接施行の通知を受けるに至つたものであることは抗告人の主張自体からも容易に看取できるところであつて、かかる場合施行者たる相手方が直接施行として移転を選んだことは当然であり、何等違法とすべき廉はない。抗告人は広瀬には本件建物を占有すべき何等の権原もない旨主張するが、同人の占有権原の如きは同人対抗告人の間の問題であつて換地処分を掌る施行者の関知するところではない。抗告人は更に広瀬に対しては既に明渡の仮執行宣言付勝訴判決を得ている旨主張するが、直接施行処分当時に同人が本件建物を占有していた関係にある以上、抗告人が右仮執行宣言を得ているという丈では施行者たる相手方に対し特別の措置を期待し得べき限りではない。しかも、抗告人としては右仮執行宣言に基いて明渡の強制執行をなすことはもとよりその自由であり、直接施行として本件建物の移転が執行せられても建物の同一性は保たれるべきものであるから、抗告人の右強制執行の権利には何等消長を来さないのである。

してみると、本件直接施行通知処分にはこれを取消すべき違法は存しないと考えるべきであるが、仮りになお違法を論ずる余地があるとしても、既に説示したところにより明かな如く直接施行として建物を移転した場合には建物の使用収益関係は従前の状態が移転後の建物にそのまま維持せられるに過ぎないのであるからこれによつて償うことのできない損害が生じる危険は存しないものというべきである。抗告人は権利関係が同一でも仮換地に移改築がなされると事実上除却が困難になると主張するが、事実上も移転の前後によつて除却の難易にそれ程大きな差異があるべき筈がないから、右主張は採用に値しない。従つて、本件執行停止の申立はその被保全権利を欠くか、然らずとするもその必要性を欠くものというべきである。

次に、抗告人は直接施行処分の執行として本件建物を移築しても抗告人によつて取毀を免れないから、かかる無益な移築は国民経済上の損失であるばかりでなく、ひいてはその費用を負担する抗告人に無益な損害を強いるものであるからその執行は停止すべきであると主張するが、かゝる理由に基いて行政処分の執行を停止すべき成法上の根拠を見出し難いのみならず、所論の国民経済的損失は直接施行処分の執行にのみその責を帰せしめうる問題ではないし、また建物の移転に伴う損失に対しては別に正当な補償が与えられる筈であるからこれを移築後取毀したとしても抗告人の蒙る損害が加重せられる訳でもない。抗告人の右主張も採用に値しない。

以上の理由により本件執行停止の申立を失当として却下した原決定は正当であり、本件抗告は理由なきに帰するから、民事訴訟法第四一四条第三八四条により主文のとおり決定する。

(裁判官 河相格治 胡田勲 宮本聖司)

抗告の趣旨

原決定を取消す。

相手方が抗告人に対し昭和三六年二月七日付広建復第四六二号直接施行通知書にもとずき抗告人所有の広島市東蟹屋町字一の割九〇番地家屋番号同町三一番木造かわらぶき平家建居宅一棟建坪二一坪の建物を移改築する工事処分の執行を停止する。

との裁判を求める

抗告の理由

一、抗告の趣旨記載の建物(以下本件建物と称する)は抗告人の所有であるが、件外広瀬信夫においてこれを不法に占有していたので抗告人は右広瀬に対し昭和三〇年八月一〇日広島地方裁判所に右建物の明渡を提訴し、同三二年七月四日勝訴の判決を得、これに対し同人は控訴の申立をしたが、同三六年五月一〇日広島高等裁判所は右控訴を棄却し金四、〇〇〇円の立保証を条件として仮に執行できる旨の判決をなした。そこで抗告人は右担保を供して仮執行の要件を整え、所轄執行吏にその執行を委任した。

二、ところが相手方は広島平和記念都市建設事業東部復興土地区画整理事業施行者として本件建物の敷地を右区画整理事業の区域内に入れ、抗告人に対して昭和三六年二月七日付広建復第四六二号直接施行通知書により右建物をその敷地の仮換地上に自ら直接移改築する旨通知し、土地区画整理法第七七条第六項に基いて右移改築を実施しようとしている。

三、抗告人としては本件建物を右仮換地に移転することを欲せず同地は空地としておきたい意向を有していたので、その旨相手方に申入をしたのにも拘らず、相手方は前記件外人が事実上右建物を占有していたから同人のため移築する必要ありとして抗告人の右申入に応じようとしない。しかしながら、相手方としては都市計画実施のためには右建物を除却すれば足りるのであつて敢えて移改築を必要とするものではないから、右建物の所有権者でありその移転先である仮換地の使用収益権者である抗告人の意に反して右移改築を実施することは不当に抗告人の財産権を侵害するものであつて行政処分の裁量の範囲を逸脱した違法なものというべきである。

四、そこで抗告人は相手方に対し広島地方裁判所へ右行政処分取消変更請求訴訟を提起し且つ相手方が右移改築工事を実施するにおいては、これにより抗告人に償うことのできない損害を生じることが明らかであつてこれを避けるため緊急の必要があるので右移改築の執行処分の停止を求める申立をなしたところ、同裁判所はこれに対し、仮りに右移改築工事の執行がなされたとしても、元地上における法律関係が仮換地上に移しかえられたことになるに過ぎず両者の使用収益についての権利関係には差異が生じないから、特別の事情のない限りこれによつて抗告人に償うことのできない損害を生ぜしめる筈がないとの理由で申立却下の決定をなした。

五、しかし、たとえ右決定の説く如く観念的には右移改築によつて権利関係に差異を生じないとしても、現実に右移改築がなされた場合において今日の社会的経済的事情の下ではこれを収去することが極めて困難になることは顕著な事実であり、且つそのために抗告人の蒙る損害は通常の手段を以ては回復することの困難なものであるから、かかる場合には行政事件訴訟特例法第一〇条第二項にいわゆる「償うことのできない損害」ある場合に該当するものというべきである。

六、また仮りにそうでないとしても、前叙の如く本件建物を仮換地に移築することは抗告人の欲しないところであるから、相手方がこれを移築したとしてもその取毀は免れない。かかる無益な移築は国民経済上の損失であるばかりでなく、その費用はすべて抗告人の負担において償われなければならないのであつて、公権力を背景に私人に無益な損害を与えるものに過ぎないから、当然その執行は停止せられるべきである。

原審決定の主文および理由

主文

本件申立を却下する。

理由

一、申立の趣旨

「被申立人が申立人に対し、昭和三六年二月七日付広建復第四六二号直接施行通知書にもとずき、申立人所有の別紙目録記載の建物を移改築する工事処分の執行を停止する」との裁判を求める。

二、申立の理由の要旨

(一) 別紙目録記載の建物及びその敷地はもと申立人の父件外隅田男一の所有であつたが、同件外人は昭和二〇年八月六日死亡し、申立人は家督相続により右建物及びその敷地の所有権を取得した。

(二) ところで件外広瀬信夫が昭和二〇年一二月一五日頃から何等の権限なくして右建物を占有していたので申立人は同三〇年八月一〇日右件外人を被告として広島地方裁判所に家屋明渡等請求訴訟を提起し(昭和三〇年(ワ)第四七四号事件)、同三二年七月四日、右件外人が申立人に対し右建物を明渡すべき旨の判決を得た。これに対し右件外人は控訴したが、同三六年五月一〇日広島高等裁判所は右控訴を棄却し、申立人において金四〇、〇〇〇円の担保を供したときは仮に執行できる旨の判決をした。そこで申立人は右担保を供して仮執行の要件を整え、広島地方裁判所執行吏木原勇にその執行を委任した。

(三) 一方被申立人は広島市平和都市建設事業として右建物敷地を都市計画の区域内に入れ、申立人に対し昭和三六年二月七日付広建復第四六二号直接施行通知書によつて土地区画整理法第七七条第六項にもとずき、右建物をその敷地の仮換地上に自ら直接移改築する旨の通知をし、右仮換地上に右建物の移改築を実施しようとしている。

(四) しかるところ申立人としては、右建物の移転予定地である仮換地は空地としておきたいので、その旨被申立人に申入れたのにもかかわらず、被申立人は右件外人が事実上右建物を占有していたから右件外人のため、移築する必要があるとして右建物の移改築を強行しようとしている。ところで被申立人としては都市計画実施のためには右建物を除却すれば足り、あえて移改築を必要としないのにかかわらず右建物の所有者であり、建物の移転予定地である仮換地の使用収益権者である申立人の意に反して右建物の移改築を実施することは不当に申立人の財産権を侵害するものであつて、行政処分の裁量の範囲を逸脱した違法なものである。なお右件外人との関係については申立人はすでに前記のとおり家屋明渡の勝訴判決を得て仮執行の要件を整え執行吏に執行委任しているのであり、又右件外人はその占有権限について土地区画整理法に定める届出その他の手続をしていないから被申立人においてこれに特段の考慮を払う必要はない。

(五) 申立人は被申立人により右建物の移改築工事を実施せられればこれにより償うことのできない損害を生ずることが明らかであるからこれを避けるため緊急の必要があるので右建物の移改築の執行処分の停止を求める。

三 当裁判所の判断

疎明によれば申立の理由の要旨(一)(二)(三)記載の事実および申立人が別紙目録記載の建物の移転予定地である右建物敷地の仮換地を空地としておきたいと考え、被申立人に対し右仮換地上に右建物を移築しないよう申入れたが、被申立人は件外広瀬が右建物を占有していたから右件外人のため移築する必要があるとして右建物の移改築工事に着手し、現在右建物のとりこわしを完了して仮換地上に移築の準備中であることがそれぞれ認められる。

ところで右移改築工事の執行が申立人の主張するように違法であるか否かの点について判断はしばらくおき、右移改築工事の執行により申立人において償うことのできない損害を受けるかどうかについて考えてみるに、仮に右移改築工事の執行が完了したとしても、元地上における法律関係(地上建物についての権利関係も含めて)が仮換地上にうつしかえられたことになるにすぎず、(移築前の建物と移築後の建物は特別の事情のないかぎり同一性を有するから建物についての権利関係も移築前の建物から移築後の建物に当然移行する)申立人の元地上の使用収益についての権利関係と仮換地上の使用収益についての権利関係の間には差異が生じないから特別の事情のないかぎり右移改築工事の執行の完了により申立人において償うことのできない損害を受けるとは考えられない。

よつて本件申立は右の点において失当であるからこれを却下することとし主文のとおり決定する。(昭和三六年七月二五日広島地方裁判所決定)

(別紙目録省略)

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